哀しい現実
周りにいる親戚たちの頭がとても良い。
はとこ、従妹とりわけ頭が良い
素晴らしい人生を歩んでいるし
これからもきっと彼らは幸福のループに存在できる
稀有なで高貴な人種である
「いいなあ」
という言葉は彼らの努力を無下にするものであるとはわかっている
勉学に対する努力も、忍耐も持ち合わせてこその結果であることを知っている
それでも彼らには恵まれた家庭環境が有る
恵まれた両親の下で育っている
第三者から見るとそう見える
明らかに私の家庭よりは裕福なように見える
喧嘩もないように見える
長年のコンプレックスだ。
実家は自営業を営んでいて、両親はいつも喧嘩していた
いつもうるさく、耳をふさいでいたかった
両親の喧嘩のたねにならないようにといつも気を張っていた
いつも家計が気になる子供だった
今でも変わらない
両親に負担がかからないように
自宅から通える大学に進学した
学費も給付奨学金でやりくりできるようにした
母の負担にならないようにできる家事はすべてやった
それでも、成長した今でも喧嘩が絶えない
喧嘩してまでも一緒にいるくらいなら
別れるという選択をしてほしかった
維持することに意地を張っているように見える
同じことで何度も喧嘩をする両親を見て心底頭が悪いと、
効率が悪いと思っていた
家計の負担が増えることは決まっている
それならばどうして子供をつくったのか
将来設計もグダグダだと思った
きっと将来のこともその子供のことも、考える想像力がなかったのだ
私立ではない大学に進学した私は、親戚たちに褒められたというか
すごいね
親孝行だね
なんて言葉を掛けられた
そうせざるを得ない家庭環境を私が露呈してしまったかのような罪悪感に
苛まれた
私立の有名大学に進む方が凄いことに決まっているのに。
小さい時から英才教育でバレエを習わせてもらったり
土日は1日7時間の塾に通っている方が凄いのに
嫌味か、哀れみか、
真の感嘆の言葉として受け取ることはなかった
ただただつらく、適当にごまかし卑下した。
それでも叔母に褒められた時はなぜか涙が出た
こころからの言葉だとわかった
両親が私を褒めたことなんてこれまでなかった
しかし、別にそれは望んでいることではない
私が勝手にやっているだけのことだから
静かで平穏な生活を作り出したいがために
いつもやっていることだから
別に何の苦労もないのだから。
と言い聞かせて
どれだけ平穏に暮らそうと、
暮らしたいと願い祈り
出来得る限りの努力をしたところで
そんなもの、雀の涙だった
切羽詰まった環境の中でいつしか
「お金持ちになりたい。それも特大のお金持ちになりたい」
そう考えるようになった
お金を稼ぐ方法を考えたし
本を読んで勉強した
お金持ちになろうとした人は
決して裕福な人達ではなかったという事が今では理解できる
こころの底から
それなりの恵まれた環境で
両親そろって、そろっていなくても
にこやかに過ごした幼少期の記憶がある子供が
そんなことを考えるわけがないのだ
お金さえあれば、うまくいったかもしれないのに
なんて、考える機会も与えられることはないのだ
私がたくさんのお金を稼げば、両親は喜ぶかもしれない
少しは楽にさせてあげられるかもしれない
なんて、
考えることは永遠にないのだろう
比べるつもりはないけれど
言わせてみれば人生イージーモードってやつで
家庭で命の危機を感じたこともないひとたちこそ
幸福の循環を辿っているなんて
なんて不公平な世の中だろうと思う
でも恨むべきは
そんな社会にしている日本のシステムであって
怒りの矛先の方向を間違ってはならないと常々言い聞かせる
「今、苦しい環境にいるあなたは、生まれ変わりの際に自らでその環境を選び
自らの魂を鍛錬しているのですよ」
なんて、何かで読んだか聞いたかしたけれど
それにしても私の魂はつら過ぎる環境を選択してしまったと、
そんな話が実在するならそう思うのだ
苦く辛く苦しい感情を
大人になっても忘れることができない人間が
幼少期に満たされなかったものを
大人になってから自らの力で満たそうとするのだ
今年、高校生になるいとこは
偏差値の高い高校に進学した
就職活動を終えたはとこは
日本に古くからある大企業に就職した
努力はもちろんのこと、
集中できる環境が有ることは私にとって自然なことではなかった
ベースに整った環境が有るところからのスタートと、
自らそれを揃えて始めるマイナスからのスタート。
そこには雲泥の差があるのだ
どこまで行っても、
こどもはこども
周囲のサポートがなければ夢を叶えることなんてできやしない
悟った子供は諦める
それを「努力が足りなかったのだ」なんて一掃する
大人になんて、私は絶対にならない。
だからはとこやいとこ
に対してもいつも素直な感情でいられなかった
「恵まれた環境が有ってよかったね」
「親が子供に興味のある人で良かったね」
そんな自分も嫌っていた
自分が努力するしかないのに
努力しても埋まらない差をわかっているのに
静かで幸せな環境で育ちたかった
何も怖がることのない家庭で楽しく生きてみたかった
だから私が仮に家庭を築くことになったら、
そんな家庭が出来上がるのだろうと思う。
哀しい現実は、まだ終わりそうにない。