paingain’s blog

私の思考の記録

かかりつけ神社

人生にはかかりつけ医が大切であるように、

かかりつけ神社も

同じくらい大切だと私は思っている。

 

体ではなく心が苦しいとき

たまらなく何かお礼をしたくなった時

世界を恨みそうになった時

身近な人を傷つけたかもしれないとき

誰かに何かを伝えたいとき

 

私はかかりつけの神社に足を運ぶ。

小さなころからゆかりがあるお世話になっている

神様がその神社にはいらっしゃるので

こころがとても落ち着き

再起の気持ちを持つことができる。

 

自己満足なものではだめだ。

いつも見守っていただいているお礼をしっかりと伝える必要がある。

 

しばらくの間

ぼーっと鳥居を見ていると心のさざ波が収まっていくから

不思議だね

 

でも人生にはそうゆう時間と場所が必要だということだ

絶対に必要。

 

何かあった時に向かう場所があるということは

幸せなことである。

 

日々の生活を続けていくためには

そのような心のよりどころが必要だ。

 

今の時代はとても生きにくくて

そんなこと思っているから生きにくくなってしまっているかもしれないから

そんなことをゆうのは今日で最後にするけれど

決意をしたいときお礼をしたいとき

人生の岐路に立った時

 

私は必ずあの神社に行くようにしている。

行くようにしているというよりは直感的なものが働く

あ、もうそろそろ行かなきゃな

 

まるで神様に

呼んでいただいているような、

そんな感覚がある

 

その直感をいつになってもいくつになっても忘れてはいけない。

心とからだは想像以上に深くつながっているのだから。

 

私は思っているよりたくさんの私以外のもので

出来上がっているのかもしれないな。