paingain’s blog

私の思考の記録

有名になることの野望

有名になりたい。

何かしらで有名になりたい

自分の名前を知らしめたい。

人生で結構そんなことを思っていることが多い。

 

目立ちたくないのに、有名にはなりたい。

 

でもこんな甘々な目標ビジョンでは

かなえられるものもかなえられないだろう

だからここで明確にすることとする。

 

30歳までに、

会社の部門で優秀な成績を残し何かしらの表彰を5つ受ける。

 

業界内で屈指のビジネスパーソンになって名を馳せるだとか

その名で業界内を渡り歩くことができる人間になる。

圧倒的なシゴ出来になる。

その為に日々の研鑽は欠かせない。

教養と論理的な話し方が欠かせない。

 

あるいは地元で起業してイノベーションを起こし

革命をもたらしたいだとか。

地域のためにという名目はよく聞くが、

私は自分のために自己満足のためのビジネスをまずしなければならない。

きれいごとはそのあとだ。

 

あるいは本を書いて有名になるだとか。

そんなことを考える。

 

誰もが知っている名前をもつだとか。

このなまえを絶対に有名にして見せるのだ私は。

 

この思いは

生来の強烈な劣等感から来ているものであることを私は知っている。

 

これまでに有名になるという経験をしてきたことがないからかもしれない

有名になったことがなくてそれがずっと

コンプレックスだからこれからの人生で解消していきたいと

思っているのかもしれない。

 

いや、

 

間違いなくそうである。

まずは

少数の範囲で深く心に残る有名人から、

幅広い範囲で影響力をもたらす有名人になりたい。

 

有名人になったら多くの批判も浴びやすくなるかもしれない

私の知らない人が私を知っている現実が当たり前になるのだろうから

 

私の中で「有名人になる」という夢は

これまで私を裏切り見下し見放してきた人たちへの1種の復讐であり

私を信じ、愛し、信頼し、見守ってくれて共に過ごしてきた時間を持った人たちへの最愛の感謝の意でもあるのだ。

 

私が私自身で有名になるという事は自己愛の最大の権化なのである。

 

有名になり

前者が過去の清算をすることもなく近寄ってくることも考えられるけれど

私は笑顔で接することになるだろう。

相手のためでは決してなく私の名誉を守るためだ。

 

プライベートな連絡先は絶対に渡したりなんてしない。

悪い意味で有名にはなりたくない、断じて。

 

その為には、その漠然とした夢を叶えるためには日々の地道な努力が欠かせないことを知っている。

 

同世代の多くは、キラキラとした友人との恋人との日常を過ごしている。

それらをSNSで知り見る私。

 

時々自分がやっていることはまちがっているのかもしれないと

若者は若者らしくはしゃいだ方が良いのかもしれないと

そんな嫌悪に苛まれる。

 

可愛いお洋服を着て

楽しい恋愛をして

とんでもなく楽しいことを繰り返す毎日。

 

ここまで節制しなくとも

有名になる人もたくさんいるのだろうし

要領が良い人は楽しみながら

遊びながらも自分の手に入れたいものを手に入れて見せるのだ。

 

しかし私はこうして何かを削っていくことでしか何かを手に入れる方法をまるで知らない。

 

もし、この若き時代を「有名になるための未来の自分への自己投資」に費やしたとて

もしかしたら何者にもなれないのかもしれない。

 

しかし、私は自分自身を強烈に信じている。

合格できない無意味な勉強をするのは学生時代から大嫌いだった

勉強をしたというのに試験をパスできない、そんな時間の無駄づかいが

大嫌いだった。

勉強するからには必ず合格する。

そして自分の期待以上の成果を残す。

勉強するなら

それなりの時間を費やすのであれば

絶対に合格を勝ち取るし、目標は達成してきた。

 

これが私が有名になるための再現性であり、根拠である。

嫌いな人がいるだけで私はここまで強くなれるのだという事を実感するいま。

 

私は絶対に有名になる。